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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1826号 判決 1983年2月28日

控訴人(附帯被控訴人)

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

榎本恒男

岩谷久明

被控訴人(附帯控訴人)

敷地章

右訴訟代理人

畑山実

島林樹

日野和昌

安田昌資

中田利通

主文

原判決中、控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人主張のひき逃げ交通事故が発生したこと、被控訴人が右事故の加害者として被控訴人主張のとおり起訴され、右起訴前起訴後の勾留により身柄を拘束され、かつ審理の結果無罪の判決を受け確定したことは当事者間に争いがない。

二公権力行使の違法性の判断基準について

被控訴人は、本件起訴前の勾留状発付請求、勾留期間の延長請求、これに対する各決定並びにその執行、本件公訴の提起・追行及び起訴後の勾留期間の更新決定が、各担当検察官及び裁判官の違法な公権力の行使に該当する旨主張する。

ところで、刑事事件においては無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるものではない。けだし、逮捕・勾留は、それぞれの時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎりは適法であり、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからであり(最高裁判所第二小法廷昭和五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一三六七頁)、したがつて、右各段階においてそれぞれ相応の嫌疑がある以上、無罪の判決が確定したからといつて、検察官の公訴の提起及び追行、起訴前及び起訴後における検察官ならびに裁判官の勾留に関する措置は、違法な公権力の行使に該当しないというべきである。

当裁判所は、右の見地から、本件の経過を日時を追つて順次観察し、問題にされている検察官、裁判官の行為の違法性の有無を検討することとする。なお以下の叙述において事実認定に供した証拠は便宜認定事実の直後に括弧内に表示することとし、証拠のうちで成立についてとくに言及されていないものはすべて当事者間に成立についての争いのないものである。

三  起訴前の勾留請求に至るまでの経過

1タクシー運転手保立慎二郎は、昭和四八年六月八日午後一一時四〇分ころ本件事故現場附近の通称昭和通りの第一車線を千住方面から上野方面に向かい空車で走行中、右前方約一〇メートルの第二車線を進行中のツートンカラーの乗用車が本件事故現場の横断歩道にさしかかつたとき右側から左側へ横断する老人に衝突し、同人が車道の歩道寄りに倒れたのを目撃した。ところが、右加害車両は停車しないでそのまま進行するので、右保立は、その後を追つて本件事故現場から約五〇メートル位先で追いつき、その地点で停止した加害車両の運転者に対し、半開きにしてあつた自己の車両の助手席の窓越しに「人が倒れている。あそこに三之輪の交番がある。早く救急車を呼べ。」と言うと、犯人の運転者は「運転手さんそうします。」と答え、このやりとりの間に犯人は車から降りて保立の車両の助手席の窓近くまで来ていた。また、その間に加害車両の助手席からは一人の男が降りて事故現場の方へ走つて戻つて行つた。

そこで、保立が犯人の言葉を信用してバックする加害車両をバックミラーで見守つていると、加害車両は本件事故現場に至る前で急に一方通行路を左折して逆進入し、通称国際通り方面に逃走した。また、加害車両の助手席から降りて事故現場の方へ戻つた男も、加害車両の右逃走と同時に後方から走つて来たタクシーを止めて乗り、上野方面へ逃げてしまつた。そのため、保立は、直ちに左折して国際通りに出たが、既に加害車両は見当らなかつたので、三之輪町派出所に本件事故の発生を届け出た。(甲第三号証の一七、乙一号証の九)

2保立の右届け出より少し前に既に本件ひき逃げ事故に気付いた小川光啓が右事故を右派出所に届け出ていた。すなわち、小川は、本件事故現場付近を上野方面から千住方面に向けて加害車両の対向車線を走行中、本件事故現場の横断歩道を通過した直後に右手後方で「ドン」という音がしたことから本件事故の発生に気付き、ブレーキを掛け速度を落しながら自己の運転する車両の窓から振り返つて見ると、加害車両が停車するのが見えたが、更に少し走つて振り返つて見たところ、停車したはずの加害車両が見当らないので、引き逃げ事故であると感じ、自己の車を止めて右派出所にかけこみ、本件事故の発生を通報したものである。(甲第三号証の一七、乙第一号証の一一)

3本件事故当日の午後一一時四二、三分ころ右小川から右通報を受けた三之輪町派出所勤務の久慈久喜巡査は、直ちに八〇メートル位離れた本件事故現場に急行すると、被疑車両らしきものがバックして来て急に左折し、三之輪一丁目の方に行くのを目撃し、少し追跡したが見失つた。

また、同日午後一一時四四分ころ右派出所勤務の酒巻巡査から一一〇番により本件事故の発生、犯人の人相等について通報がされた。(乙第三号証の八、第七号証の三)

4本件事故当日の夜入谷町北派出所に勤務していた大川内誠巡査は、同日午後一一時四四、五分ころ、本件事故現場で交通人身事故が発生し加害車両は逃走した旨の無線通信による一斉指令を受け、次いで同四六分ころ緊急配備の準備体制が発令されると同時に逃走車両は上が国防色、下がクリームの乗用車で国際通り方向へ逃走との指令があつたので、渡部巡査と共に派出所の前で検問をはじめたところ、間もなく一、二分して軽いジグザグ運転で下入谷町北方向に来る車両を発見した。そこで大川内巡査は、警笛で停止を命じ、右車両に近づいて見ると無線で手配された車両と塗色が上・下異なるだけでよく似た車両であつたので、派出所すぐ前まで誘導し、直ちに右車両のナンバーを記憶し、運転席側に行つて運転者(同人が被控訴人であつたことは当事者間に争いがない。)に免許証の提示を求めたところ、運転者は免許証をちらつかせるだけでこれを手渡さなかつた。そこで、大川内巡査は、運転者の人相を観察し、眼鏡をかけ鼻の下にチョビひげを生やした男であることを確認し、「酒を飲んでいないか。」「手の汚れはどうした。」等と不審尋問を行い、運転者に下車を求めたが、同人が降りようともしないので、派出所内の水越巡査に大声で「パトカー頼む。」と声を掛けたところ、その瞬間運転者は「もう行くぞ。」といい残してものすごい発進で上野方向に逃走して行つた。その時刻は同日午後一一時五六分ころであつた。

翌朝逃走した車両はそのナンバーの照合から所有者が港区西麻布四―三―七飯田マンションに住む被控訴人であることが判明したので、大川内巡査は、同僚の警察官三名と共に私服で右住居に赴き、隣家の主婦から被控訴人の妻が順天堂病院に入院している旨の聞込みを得たので、そのまま同病院に行き、被控訴人の妻から被控訴人が間もなく迎えに来る旨を聞いた。そこで、大川内巡査ら四人は右病院の玄関で張込んでいたところ、同日午後二時ころ被控訴人が前記逃走した車両の助手席に友人の澤田金一郎を乗せて現れたが、その際大川内巡査は、右運転者が前日職務質問した男に間違いないことを確認した。同病院の駐車場で、澤田は、被控訴人から同人の妻を迎えに行つてくれるよう頼まれ、一人で病院に入つたものであるが、大川内巡査らは、澤田が病院に入るのを見届けてから右車両を取りまくように近づいたところ、病院の前のロータリーを逆行して逃走した。(甲第三号証の一一四、乙一号証の一ないし五、第三号証の七)

5本件事故の目撃者である保立及び小川は、本件事故発生の翌日である六月九日午前〇時から午前二時ころまでの間、本件事故現場における実況見分に参考人として立会うと共に、同日下谷警察署において次のとおりと供述した。

先ず、保立は、犯人の特徴について「四〇才前後で角顔のような感じで、鼻の下にチョビひげを生やしており、眼鏡をかけ、髪は普通の長さ、着衣服装についてはわかりませんでした。」と、加害車両の助手席に同乗していた男の特徴について「二〇才から二五才位で、髪は短かいような感じ」と、加害車両について「屋根が国防色、下側がクリーム色のツートンカラー、ツードアである。」旨それぞれ供述した。更に保立は、同日右警察署において、警察官より被疑者の写真であるが見て欲しいと言われて被控訴人の写真を見せられたが、その際示された被控訴人の写真は眼鏡をかけていなかつたことから、「鼻と口のまわり、髪の型も犯人と似ている。」と述べたに止まり、写真の被控訴人を犯人であると断定できなかつた。

小川は、加害車両について、「自家用普通乗用車で、屋根の色と車体の色とが異なるツートンカラーであることは判つたが、屋根が黒ぽく、車体は灰色に見えたがはつきり判らない。」旨供述した。(甲第三号証の一七、乙一号証の九ないし一一)

6以上のような捜査の経過から、本件事故発生の翌日である六月九日、その容疑者として被控訴人に対する逮捕状が発せられ、佐々木巡査、徳田巡査らが被控訴人の立ち回りが予想される千葉県柏市東台本町六―一五敷地敏明(被控訴人の実父)方を尋ねたところ、被控訴人がいたので、同月一一日午後五時一五分ころ、被控訴人に対し、「本件ひき逃げ事故で逮捕状がでているから本署へ一緒に来てくれ。」と告げると、被控訴人は、「馬鹿なことを言うな。そんなことをしていない。」と答えて右巡査らに抵抗し、格闘となつたが制圧され、説得されて逮捕に応じた。また、右逮捕にあたり被控訴人の車両が発見されたので、その現場で右車両が差押えられた。(乙第二号証の一ないし三)

7保立は、被控訴人が逮捕された六月一一日の午後八時四五分ころ下谷警察署の岡田巡査部長より電話を受け、犯人の人相について「鼻の下にコールマンひげ、金縁様の眼鏡、背が低い、一見ヤクザ風」と、加害車両の色について「よく考えて見ると屋根は白ぽい感じで下の方はグリーン色」と回答し、更に翌一二日下谷警察署に出頭し、同署において、逮捕後の眼鏡をかけた被控訴人の写真を示され、犯人に相違ない旨供述し、次いで面通しを行つて被控訴人が犯人に相違ない旨断定し、また同署において差押えにかかる被控訴人の車両を見せられ、加害車両と同型で色調も同一である旨供述した。

小川は、同月一一日右警察署に出頭し、差押えにかかる被控訴人の車両を見せられ、「本件事故当時見た加害車両そのものか否かは別として、加害車両と同一色調の車である。同月九日の説明では屋根が黒く車体は灰色と話したが、今乗用車を見せられて、加害車両と同じ色調であることを思い出した。前の供述はお互いに走つているので、色彩の上下を勘違いしたものである。」旨述べた。(乙第二号証の五、七、第三号証の六)

8被控訴人は、逮捕された後も本件事故とは無関係である旨主張したが、当初本件事故発生当時の自己の行動について具体的に供述せず、検問に会つたときは被控訴人一人で被控訴人車両に乗つていたが、その前は星野忠男を同乗させていたこと及び右検問に会つた夜本件事故現場を通つたことがないことを述べるに止まつた。(甲第三号証の九二、乙第二号証の四、第三号証の四)

9下谷警察署長常世田は、同月一三日、身柄拘束のまま被控訴人に対する被疑事件を東京地方検察庁に送致した。(乙第四号証の一)

四  起訴前の勾留状発付請求、同令状発付及びその執行の適法性

本件起訴前の勾留状発付請求及び同令状発付は、原判決別表一記載の疎明資料(前記三に認定した事実等を明らかにするもの)に基づいてされたものであるが、右疎明資料によれば、被控訴人は、本件事故とは無関係である旨供述するのみで、本件事故当時の自己の行動について具体的に供述していなかつたこと、保立は被控訴人が犯人である旨供述していたこと、保立及び小川は被控訴人車両と加害車両とは同型同色である旨供述していたこと、以上の事実は前記のとおりである。

してみると、右疎明資料に基づくかぎり被控訴人が被疑事実につき罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ被控訴人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由ならびに逃亡すると疑うに足りる相当な理由があると判断されるのであつて、同様の判断に基づき勾留状発付請求及び同令状発付をしたことにつき、担当検察官及び裁判官に何ら違法の点はなく、したがつてまた、右適法に発付された勾留状に基づき被控訴人に対する勾留を執行することも何ら違法ではないというべきである。

五  起訴前の勾留後起訴に至るまでの本件の経過

1被控訴人は、捜査段階から一貫して自己の無実を主張し(この事実は当事者間に争いがない。)、右勾留後の取調べにおいて次のとおり供述した。

すなわち、本件事故発生時刻前後の自己の行動については、概ね三河島駅附近の喫茶店「美松」の前において被控訴人車両の修理を行い、その後、友人の星野忠男を助手席に同乗させて同喫茶店前を鶯谷方面に向けて出発し、途中三河島駅のガード下まで走つて一旦Uターンし、右「美松」近くの関川医院に車両ごと入つて被控訴人だけが下車して電話ボックスから被控訴人の父親宅に「荷物を積んであるが、車の具合が悪いのでそちらには行かない。」と一、二分間電話してそこから再び鶯谷方面に向つて被控訴人車両を運転し、三河島駅前を少し通過した所で星野を下車させ、同人がタクシーを拾つて右下車地点を立去るのを確認しながら、更に鶯谷方面に向けて通称三河島駅前通りを直進し、三菱銀行日暮里支店の角を左折してバス通りに入り、金杉上町交差点を右折して通称昭和通りに入り、センターライン寄りを高速道路入谷入口方向に向つて走行中、入谷町北派出所前で大川内巡査の検問にあつた。

なお、被控訴人の右供述は、時刻の点に関しては不明確なものであつた。(甲第三号証の九三、九四、九六)

2本件事故発生当日の夜被控訴人車両の助手席に同乗していた星野は、数日後の六月一四日下谷警察署において供述したが、同人は、本件事故当日の夜被控訴人車両の助手席に同乗して喫茶店「美松」の前を出発してから自分が下車するまでの被控訴人車両の走行経路についてはほぼ被控訴人の供述と合致する供述をしたものの、右「美松」前を出発してから自分が下車するまでの間の被控訴人の行動について詳細な供述をせず、また下車した際の様子について喫茶店「ナイアガラ」の反対側で助手席から降りて右「ナイアガラ」に入つたが、その際被控訴人車両を振り返つて見ると、被控訴人がその車両の窓から首を出して右「ナイアガラ」に入る自分を見ていた旨被控訴人の供述とは全く喰い違いのある供述をした。(甲第三号証の七六)

3前記保立は、同月二六日東京地方検察庁において、被控訴人を本件事故の二、三日後に下谷署内で見て一目で本件事故を起した運転手と同一人物であることがわかつたが、本件事故直後のときは眼鏡と口ひげのために右運転手を四〇才位かと思い違いをした旨供述し、なおその際、自分がありのままを供述したことにより被控訴人から仕返しをされるのではないかとの恐れを表明した。次いで、保立は、再び同年七月二日同検察庁に出頭し、同庁で再び面通しを行い、被控訴人が犯人に相違ない旨断定した。(乙第六号証の五、一三)

4なお、保立が前記のとおり犯人を目撃した際の現場の状況は、同年六月三〇日行われた実況見分により、深夜一一時四〇分ころとはいえ、附近の照明により運転席において新聞の普通の活字が読め、運転席より後部ガラス越しに後方約一〇メートルまで人間の身長、体格、服装、顔のりんかく、眼鏡の使用の有無が識別できる程度の明るさであることが確認されたのであり、保立自身も比較的明るかつたとの印象を受けていた。(甲第三号証の二〇、乙第六号証の五)

5被控訴人及び前記星野の本件事故当日の夜の行動並びに逮捕されるまでの被控訴人の行動に関しては、検察官福地が起訴するに至るまでに収集ずみの証拠によつて次の各事実が確定されていた。

(一)  酒井実及び右星野の各供述により、被控訴人が午後一〇時ころから同一一時三〇分ころまでの間、喫茶店「美松」の前において被控訴人車両の修理をし、被控訴人は、同一一時三〇分ころ星野を助手席に同乗させて、右「美松」の前を被控訴人車両で出発した。(甲第三号証の七六、乙第三号証の一二、第五号証の四)

(二)  高橋秀夫、山城慶子、飯塚正三及び星野の各供述により、星野が午後一一時四五分ころから同五五分ころまでの間に被控訴人が供述する星野の下車地点近くの喫茶店「ナイアガラ」に現れた。(甲第三号証の七六、乙第五号証の一七、二二、二五)

(三)  前記大川内巡査の供述により、被控訴人は、午後一一時四七分ころ入谷町北派出所前を被控訴人車両で走行中同巡査の検問にあつた。(乙第三号証の七)

(四)  龍野庄三ほか作成にかかる捜査報告書により、(1) 右「美松」の所在地が荒川区荒川三丁目六五番二号であり、右「ナイアガラ」の所在地が同区東日暮里六丁目六番七号であること、(2) 右「美松」から右「ナイアガラ」までの距離は約四〇〇メートルで、自動車で走行した場合の所要時間は約一分五〇秒であること、(3) 右「美松」から右「ナイアガラ」前を通つて通称三河島駅前通りを直進し、三菱銀行日暮里支店の角を左折してバス通りに入り、金杉上町交差点を右折して通称昭和通りに入り、入谷町北派出所に至るまでの距離は約一八〇〇メートルで、自動車で走行した場合の所要時間は約六分三〇秒であること、(4) 右「美松」から通称三河島駅前通りを鶯谷方向に走行して右「ナイアガラ」に至り、そこで方向転換したうえ、宮地交差点を右折して明治通りを経由し、更に大関交差点を右折して本件事故現場に至るまでの距離は約二六〇〇メートルで、自動車で走行した場合の所要時間は約六分五四秒であることがそれぞれ明らかにされた。(乙第五号証の一二)

(五)  被控訴人は、前記検問に会つた夜自宅に帰らず、一晩中被控訴人車両を運転し、翌九日早朝知人の澤田金一郎方に赴き、前記のとおり同人と共に妻の入院先である順天堂病院に行き、私服警官の姿を見て逃走したものであるが、同日の夜も自宅に帰らず、翌一〇日午前〇時三〇分ころ柏市の実父のところへ被控訴人の車両で帰り、同日午前五時すぎころには被控訴人の車両に妻を同乗させて右実父方を出発し、再び同日早朝澤田金一郎方を訪れ、同人に対し、「引き逃げ事故を起していない。」等と述べた。(甲第三号証の九三、九四、第九号証の一一四、乙第一号証の四、一三、第三号証の九、第五号証の六)

6同月一四日、下谷警察署長常世田は、警視庁科学検査所に対し、被控訴人車両における衝突痕の有無、本件事故の被害者の着衣に付着していた車両の塗料痕と被控訴人車両の塗料の同一性について鑑定を嘱託し、公訴提起時には未だその嘱託中であつた。(甲第三号証の五四)

六  起訴前の勾留の期間延長請求、同決定及びその執行の適法性

弁論の全趣旨により本件勾留期間延長請求は原判決別表一、二記載の疎明資料に基づいてされたものであることが明らかであるが、右疎明資料によれば、前記勾留の際の事情に加えて、被控訴人が本件事故発生時刻ころの自己の行動について概ね前記五の1に認定したとおりの供述をしていたこと、被控訴人の供述について被控訴人車両の助手席に同乗していた前記星野ほか関係者数名の取調べ等裏付け捜査が行われ、概ね前記五の1、2、5の(一)ないし(四)に認定したような事実が明らかになつていたことがそれぞれ認められるから、右疎明資料に基づき勾留期間延長の要件の一つである被控訴人が被疑事実につき罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断することにつき何ら違法の点はないというべきである。

更に右疎明資料によれば、前記星野及び保立を中心とする関係者に対する検察官の取調べが未だ十分にされていないなど更に捜査の必要があつたこと、警視庁科学検査所に前記鑑定の嘱託中であり、勾留期間満了時までにその結果の確認ができなかつたこと等が明らかであるから、これらの事情に鑑みれば、勾留期間を延長することについてやむを得ない事由があると判断することにも何ら違法の点はないというべきである。

なお、被控訴人は、右勾留期間の延長は被控訴人の要求にもかかわらず何ら積極的な捜査もせず参考人取調べ未了を理由にされたものである旨主張するが、前記認定によつて星野ほか関係者数名の取調べ等裏付け捜査が行われていたことが明らかであるから、被控訴人の右主張は失当である。

したがつて、起訴前の本件勾留期間延長請求、同決定及びその執行をするにつき各担当検察官及び裁判官には何ら違法の点はなかつたというべきである。

七  本件公訴の提起及び維持・追行の適法性

本件刑事事件における争点は、被控訴人が本件事故の加害車両を運転していた犯人と同一人物であるか否かにあつたこと、検察官福地が原判決事実摘示にかかる請求原因4の(一)の①ないし④の理由により被控訴人と犯人との同一性を立証しうると判断して本件公訴を提起し、検察官高橋が同様の判断により本件公訴を維持・追行したことは当事者間に争いがない。

そこで、以下(1) アリバイの点に関する被控訴人の供述に対する評価、(2) 本件加害車両の運転者は被控訴人であるとの保立供述の信憑性、(3) 高生鑑定の評価、(4) 被控訴人車両と加害車両との同一性の立証に関する目撃者の供述の評価を中心に、順次右各検察官の判断の合理性の有無について判断する。

1  アリバイの点に関する被控訴人の供述に対する評価

被控訴人の前記供述(五の1)はそれ自体が時刻の点に関し不明確であるのみならず、次のような明らかに不合理な点がある。すなわち、前記のとおり星野との供述に大きな喰い違いがあるほか、被控訴人が喫茶店「美松」前を鶯谷方面に向つて出発し、途中父親宅に電話するためUターンし、その電話をした後再び鶯谷方面に向つて出発し、喫茶店「ナイアガラ」近くで星野を降車させ、その後検問を受けた場所である入谷北派出所まで被控訴人主張の経路を走行したとして、弁論の全趣旨及び前記認定事実(五の5の(四))からすると、その距離は約二〇〇〇メートル程度であると認められるのに約一七分を要しているのであつて、前記電話の時間一、二分を計算に入れても、時間的に合理的な説明がつかないというほかはない。

しかも、検察官福地が想定したように、被控訴人が本件事故発生当日午後一一時三〇分ころ助手席に星野を同乗させて喫茶店「美松」の前を出発し、宮地交差点、明治通り、大関交差点を各経由して本件事故現場に至つた(検察官福地が右のように被控訴人車両の走行経路を想定していたことは当事者間に争いがない。)とみることは、直接これを裏付ける証拠はないものの、検察官福地が本件起訴当時すでに収集ずみであつた証拠によつて確定されていた事実(前記五の(一)ないし(四)認定の事実)とは矛盾しないのであつて、証拠上必ずしも不合理ということはできない。

そうすると、検察官福地が本件起訴当時にすでに収集ずみの証拠の限りで被控訴人にアリバイがないと考えたことはむしろ相当であつたというべきである。

2  保立供述の信憑性

前記認定の事実(三の1、5、7、五の3)を総合すると、保立は、附近の照明により前記五の4に認定した程度の明るさの中で、ごく短時間であるとはいえ車の窓越しに犯人と直接言葉を交わして犯人の人相を認識したものであり、客商売のタクシー運転手として人相等について通常人より高度の観察力を有すると考えられる保立が、当初より犯人の人相等について眼鏡をかけ、鼻ひげを生やした男である旨の被控訴人の特徴に合致した供述をし、被控訴人が逮捕・勾留された後、警察署及び検察庁での面通しの結果、被控訴人が犯人である旨供述していたものであるから、当初犯人及び同乗者の年令を誤つていたことを考慮に入れても(なお、検問により被控訴人を尋問した大川内巡査も、その際被控訴人を三五才位と感じたことが認められる(乙第三号証の七)。)、検察官福地及び同高橋が保立の右供述をもつて極めて重要な直接証拠であると判断したことは十分合理性があつたというべきである。

尤も、本件刑事事件の第一回公判期日(昭和四八年九月二一日)において、検察官佐久間が保立の前記供述を録取した書面のうち取調べ請求をした保立の検察官面前の供述調書は不同意書面となつたので、第二回公判期日(昭和四八年一〇月二二日)において保立の証人尋問が行われ、その際、同人は、概ね警察官及び検察官面前での前記供述と同一の供述をし、また昭和四八年八月一六日付捜査報告書添付の被控訴人の写真を見せられて、犯人が写真の人物である旨述べたが、被控訴人の在廷する公判廷において被控訴人を警察署及び検察庁での面通しの際見た人物と同一人物である旨を断定せず、更に警察官の面前における写真による犯人の特定について捜査機関の誘導があつたかの如き供述をした。(甲第三号証の一四、一五、二七、四八)

そこで、検察官高橋は、本件刑事事件の第五回公判期日(昭和四八年一二月一四日)において、右写真による犯人の特定の際に立会つた警察官岡田実を証人として尋問し、同人は、右保立がいうような誘導がなかつたことを明確に供述した。(甲第三号証の六三)

ところで、捜査段階における面通しと異つて被控訴人の在廷する公判廷において、保立が被控訴人を右面通しの際に犯人と断定した人物と同一人物である旨証言しなかつたのは、被控訴人の報復を恐れたためであることが通常考えうるのであり(実際に保立が報復を恐れていたことは前記のとおりである。)、警察官岡田の右証言も得られたのであるから、公判廷における保立の証言が全体として被控訴人と犯人との同一性を証明する重要な証拠となりうる旨検察官高橋において判断したことには何ら不合理な点はないというべきである。

3  高生鑑定の評価

警視庁科学検査所物理科主任高生精也は、下谷警察署長常世田の前記嘱託により鑑定を行い、その結果、被控訴人車両にはいくつかのかすり傷を見出したが、被害者の衣服に対応する痕跡は顕微鏡検査によつても発見しえなかつたこと、また被害者のズボン左大腿前側部分及び靴下左側部分に付着していた車両の塗料痕の色調は、被控訴人車両の上塗りの塗料(被控訴人車両は上塗りが黄緑色メタリック、二層がオリーブ緑色、三層が灰色による塗装がされている。)の色調に類似しており、更に被害者の着衣に付着していた金属ようの粉末は、被控訴人車両のメタリック塗装部分に類似していたが、付着量が微量であるためその同一性は確定できない旨の鑑定結果を得たこと、更に右鑑定は、鑑定経過の中で、被害者のズボン左大腿内側部分は生地が強く圧擦過されてむしり取られたものと思われる大きな破損があり、また被害者の左短靴表側の甲部分には鈍体ようのものにより圧迫された形跡があるが、右のような被害者の左下肢の損傷は、車両の左側タイヤにより生じた可能性が大きいとしていること、右鑑定結果は昭和四八年八月一四日に書面化され、右鑑定書は、本件刑事事件の第三回公判期日(同年一〇月二九日)に証拠として採用され取調べられたことがそれぞれ認められる。(甲第三号証の五〇、五一、五四、六八)

ところで、本件事故は、被害者が加害車両の左フェンダー付近にひつかけられ、「ドン」という音とともに歩道のはしに転倒させられ、その結果、加療約三か月間を要する左下腿上部骨折等の傷害を負わされたものと認められ(甲第三号証の四七、四八、五四、六六、六八、乙第一号証の八、九、一一、第二号証の七、第三号証の六、第六号証の五)、このような事故の態様からすれば、加害車両の損傷は少ないものと考えられ、したがつてまた、そのような損傷を発見することは必ずしも可能であるとは限らないのみならず、被害者の着衣に付着していた黄緑色塗料と被控訴人車両の上塗りの塗料とはその同一性が確定されなかつたものの類似するものであることからすると、被控訴人車両にはいくつかのかすり傷はあつたが、顕微鏡検査によつても被害者の衣服に対応する損傷を発見しえなかつたからといつて、高生鑑定が被控訴人車両と加害車両との同一性を支持する一資料たりうることを首肯しえないわけではないというべきである。

4  被控訴人車両と加害車両との同一性に関する自撃者の供述の評価

前記認定の事実(三の1、5、7)からすると、被控訴人車両の色調は屋根がクリーム色で車体が濃いグリーンのツートンカラーであり(この事実は当事者間に争いがない。)、本件事故発生直後の保立及び小川の加害車両の色調に関する供述は、いずれも屋根と車体の濃淡について被控訴人車両のそれと逆になつているのであるが、右両名とも当初より加害車両が白及び黒系のツートンカラーである旨述べており、その後被控訴人車両を見分して事故直後の供述を記憶違いであるとして右のとおり訂正しているのであるから、色調に関する供述が当初逆となつていることの故をもつてその後の右両名の供述をすべて虚構であるとして排斥することは必ずしも相当でないのであつて、検察官福地及び同高橋が右両名の供述をもつて被控訴人車両と加害車両とが同型同色であると認定できる証拠資料と判断したことは、合理性を欠くとはいえないというべきである。

尤も、本件加害車両の色調等に関する保立及び小川の各供述を録取した調書中、本件刑事事件の第一回公判期日において検察官が取調べ請求をした書面は、被控訴人の不同意により右請求が撤回されたものであるが、その第二回公判期日において保立及び小川が証人として尋問され、同人らは、加害車が「上がクリーム色で下が国防色」、「屋根は白つぽくて下はグレーのような濃い色」であつた旨の証言をしていることが認められる(甲第三号証の一四、一五、四七、四八)のであるから、検察官高橋が右証言をもつて加害車両と被控訴人車両との同一性を認定できる一資料と判断したことは相当であつたというべきである。

5  被控訴人の不審な行動

(一) 前記認定(三の4)のとおり、被控訴人は、本件事故発生当日大川内巡査の検問に会つた際、同巡査から下車を求められたところ、「もう行くぞ。」といい残してものすごい発進で逃走し、また、翌日妻の入院先である順天堂病院に現れたが、澤田に妻を迎えに同病院に入らせた後、張込んでいた私服警察官の姿を見つけるやいなや、一方通行を逆行して逃走しているが、右不審な行動は、第三回及び第五回公判期日において証人大川内誠、同岡田実の証言により(甲第三号証の五二、六三)、

(二)  被控訴人の逮捕中警察官が被控訴人を面通しさせるべく眼鏡をかけることを要求したところ、被控訴人は、頑強にこれを拒否し、「かけさせたら眼鏡をぶち割る。」といつてこれに応じなかつたことが認められる(乙第五号証の三)ところ、被控訴人の右行動は、第七回公判期日(昭和四九年二月二一日)において証人岡田実の証言により(甲第三号証の七三)、

(三)  弁論の全趣旨によりいずれも起訴前の段階では判明していなかつた事実であることが認められるが、被控訴人は、昭和四八年六月一〇日夕方被控訴人の同級生の父親である鈴木志平が営む自動車販売修理店へ被控訴人車両をもつて現れ、右鈴木に事故を起した痕跡の有無を見分させ、次いで被控訴人は、同日夜中学校の同級生であつた交通巡査道下敏明に会い、それとなしに交通事故のことを相談し、同人を乗せてドライブ中追従していた車を警察の車だと言つて路地に入つたりしたものであり、右各事実は、第一〇回(昭和四九年五月三〇日)及び第一一回(同年七月八日)公判期日において、証人鈴木志平及び同道下敏明の証言により(甲第三号証の一二五、一四〇)、

それぞれ本件刑事裁判所に対し明らかにされた。

6以上1ないし5において検討してきたところからすると、本件公訴を提起した検察官福地及びこれを維持・追行した検察官高橋において、原判決事実摘示にかかる請求原因4の(一)の①ないし④の理由により、被控訴人に犯罪の嫌疑が十分にあり、有罪判決を期待しうる合理的根拠があると判断したことは、論理則上及び経験則上首肯しえないほど不合理なものとは到底いいえず、検察官高橋の書証及び証人等による立証活動にもかかわらず、結果として、犯人と被控訴人との同一性について証拠上合理的な疑いを容れないまでに証明がされなかつたとの理由で被控訴人を無罪とする刑事判決がされたからといつて、前記判断に基づく公訴の提起並びに維持・追行は何ら不当ではなく、これをもつて違法な公権力の行使があつたとすることはできない。

八  起訴後の勾留の適法性

裁判官西村及び同秋山が、本件起訴後判決言渡しに至るまで合計一七回にわたり被控訴人に対する勾留更新決定をし、もつて判決言渡しに至るまでその身柄を拘束したことは当事者間に争いがないところ、本件公訴の提起及び維持・追行に必要とされる犯罪の嫌疑が存在したことは前記七において説示したとおりである以上、勾留更新の要件である被告人たる被控訴人に罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が判決言渡しに至るまで存在したことも明らかであるというべきであるから、右裁判官らが被控訴人に犯罪の嫌疑があると判断してした右各勾留更新決定には何ら違法な点はないというべきである。

九更にいうならば、本件請求は、被控訴人が本件被疑事実ないし本件公訴事実について無実であつたことを前提とし、違法な身柄拘束、公訴提起による精神的苦痛に対する慰藉料を求めているものであるから、仮りに担当の検察官、裁判官の処置があやまつていたとしてもそれだけでは足りず、それに加えて被控訴人が真に無実であつたことの証明がない限り請求が是認されないことはもちろんである。ところで被控訴人が無罪とされた刑事事件の判決(甲第二号証がその謄本である。)は、被控訴人の無実の証明があつたという理由で被控訴人を無罪としたのではなく、被控訴人が犯人である旨合理的な疑いを容れないまでに断定しうる立証があつたとは到底いえないとして被控訴人を無罪としたものであつて、右無罪判決によつて被控訴人の無実を事実上推認することは到底無理であり、また以上の説示に照らすときは、本件において被控訴人が犯人であることを疑わせる証拠は既に多々存するのであり、その一方前掲各証拠中にあらわれた被控訴人は無実であるとする被控訴人自身の警察、検察庁、刑事公判廷における供述ならびに原審における被控訴人本人尋問の結果、更にこれと一部分付節を合する星野忠男の警察での供述はいずれも右の疑いを全面的に払拭するほどに措信することはできないし、その他本件について被控訴人が無実であることを認めさせる的確な証拠はない。なお、前出高生鑑定の結果が、もし被害者の着衣から検出された自動車の塗料がある程度多量であつたとするなら、被控訴人車両にこれに相応する程度の明白な塗料剥離痕が存在しないということで、被控訴人の無実の資料たりうるかも知れないが、実際は高生鑑定は被害者の着衣から検出された塗料物質は微量に過ぎなかつたというのであつて、これをもつて被控訴人無実の裏付けとなしえない。それ故本件については、被控訴人主張の損害のあつたことについても証明がないといわざるをえないのである。

一〇それ故、被控訴人の請求は、以上いずれの点からしても、すべて失当としてこれを棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決は、その限度において失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、また、本件附帯控訴はもとより理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(石川義夫 寺澤光子 寒竹剛)

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